脱毛症にかかった女性たちの悩み

日本では多くの方が、エステティックを痩せる美容と間違いしているが、エステティックとは、髪の毛以外の美容であり、その本来の目的は肌の現状維持、老化の防止まである。

つまり、女性の肌が最も美しいときの状態を持続させるのが、エステテック なのである。

エステテック・サロンには、さまざまな方がお見えになる。

五年ほど前のことである。

お客様のM子さんが言いにくそうに、「母に会って話を聞いてください」と申し出た。

M子さんはその一年ほど前からのお客様で、当初はひどかった肌荒れと髪質の改善を終えて、現状維持の為にサロンに通い続けている方であった。

エステテック・サロンで髪の毛の手入れを施すことは、現行法で禁じられているが、サービスとしての手入れならば、その限りではない。

私は髪質のひどいお客様に対しては、アドバイスを兼ねてケアを施して来た。

一般にはあまり知られていないが、髪の毛と肌の成分は同じなので、肌に良いものは、当然髪にも良いと以前から考えていた。

私は、お客様たちが使う市販のシャンプー剤に、肌に良いいくつかの成分をまぜて差し上げたり、顔のパックのついでに、髪の根元に化粧液をすり込んだり、髪の毛に塗ったりしていたのである。

このケアが思いのほか好評で、髪がきれいになった、艶がでた、抜け毛が止まった、髪の毛が太くなった、などといって喜んで下さる方が後を断だなくなった。

なかには白髪が減ったという方もいる。

M子さんのお母さんであるIさんは、長年髪の已に悩んでいると言う。

だが、そう言いながらもM子さんの態度には、なぜか私にお母さんに会ってほしくないような気配がうかがわれ、私は軽い違和感を覚えた。

約束の日、若草色のシルクのドレスに、黒のレザーの帽子のいでたちであらわれたIさんは、おしろいを肌の色や状態が分からないほど厚く塗り、形のいい唇にはオレンジ色の口紅をつけ、両のまぶたにはくっきりとアイラインを引き、まばたきをする度にバサ。バサツと音がしそうな付けまつげをつけていた。

Iさんからは強い匂いがした。その異様な匂いに私は軽い目眩を覚えて、一瞬たじろいでしまった。匂いの正体は分からなかった。

Iさんは、なぜかとりとめのない世間話に時間を費やし、なかなか用件を切り出さなかったが、やがて意を決したかのように、「私の家はハゲ系なの」と早目に小声で言った。

どうやらその一言が言いにくかったらしい。「祖父も、父も、三人の兄も、弟もハゲなの。髪の毛が普通なのは母だけなの。私は女だから大丈夫だとは思っていたけど、お産の後、抜け毛がひどくなって…もしかしたらこのまま、兄たちのようにハゲるのではないかと、不安で、いてもたってもいられなくて、急いで育毛剤を色々使ってはみたんだけど効果がなくて…」というIさんは、「小さな家が一軒建つくらいお金を使い、人が良いと言うとなんでもしたけど、とうとう人前に出られなくなってしまった」と嘆いて、育毛の苦労を語った。そして驚いたことに、「もう十五年もの間、家の中でさえ、頭から被り物をとったことがない」と訴えた。さらに驚いたのは、「髪の状態を誰にも知られたくない」ので、髪を白身で力」ないと言う。

Iさんは「娘がつけていた、こちらさんの育毛剤を分けてほしい」と申し出た。

しかしIさんのいう「育毛剤」は、お客様の肌の状態に会わせて調合した化粧液を、エステティックのついでに、サービスとして使っていた一回かざりの使い捨てでもあり、さらに化粧品の製造販売許可を持たない私が、保質加工も施されていない製品を、お分けするわけにはいかなった。

Iさんに事情を説明して、エステティ。クをお勧めしてみたが、「帽子をとるのがイヤなので、エステティ。クは受けられない」と一言う。

そして化粧を濃くしているのは、「他人の視線が頭にいかないように」するためであり、強い香水をつけているのは、「育毛剤の匂いを消すため」だと説明してくれた。

Iさんが自身の髪の状態を、「まるで力くハよ。カッパなの」と評して、「とても他人には見せられないわ」と拒み続けるので、私はIさんの抜け毛の状態がどの程度なのかを確認できなかったが、本人が考えているほどひどいようには思えなかった。

多分Iさんは、お兄さんたちの後ろ姿を見ては、自分の髪の状態を悲観的に考えてしまっていたのだろう。

脱毛症にかかった女性たちの悩みは、男性の数層倍も深く、それゆえに白身の髪の状態を、現実よりも深刻にとらえがちである。

「帽子をとるのがイヤでエステティックも受けられない」と肩を落として去ってゆくIさんを見送りながら、いつしか私は、育毛剤を製品化しようという考えを強くしていた。 

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